Studio del Sol山口恵実のプロフィール

こんにちは。スタジオ・デル・ソル代表のインテリアコーディネーター山口恵実です。
このブログを書いています。

自分の半生を振り返りつつ、プロフィールを詳しく書いてみました。

家族のこと、外資系経営コンサルの仕事、ショッキングな隣人の自殺、インテリアの仕事を始めたきっかけなどをまとめています。
少し読みにくい部分があるかもしれませんが、ぜひお付き合いいただけますと幸いです!

山口恵実プロフィール

山口恵実
スタジオ・デル・ソル合同会社代表
インテリアコーディネーター
アートコンサルタント

外資経営コンサルティング会社での仕事を経て、アート&インテリアデザインの世界へ

目次

  • 幼い頃の夢
  • 大学受験の失敗と両親への負い目
  • 外資経営コンサルティング会社での仕事
  • 隣人の自殺というショッキングな事件
  • 料理&テーブルスタイリング教室へ
  • アートとの出会い、空間全体のプロデュースをしたい
  • 独立、これから

幼い頃の夢

建築関係の仕事をする父と、英語教師の母の3女として育ちました。
社交的な両親のもと、家には近所の人や国内外の友人がしょっちゅう集まり、常に人が集まる家でした。

父はいつも作業着を着て仕事に行きましたが、そんな父が私は大好きでした。
今でも作業着姿の大工・職人を見ると、父を思い出してキュンとします。

私が3歳の頃に、父&知り合いの建築会社が建てた新居に引越をしました。
自然素材をふんだんに使い、和と洋の美しさが融合した家でした。

母は器用で手を動かすことが大好きな人で、幼い私たち姉妹の洋服をいつも作ってくれました。
刺繍、レザー、ステンドグラス、生け花…多才な母のおかげで、家にはいつも手作りのものがあふれていました。

両親の影響で、私も幼い頃から手を動かすことが大好きな子供でした。

レゴブロックで理想の家を作ったり、工作をしたり、料理やお菓子を作ってテーブルスタイリングをして家族や遊びに来た人にふるまうことが大好きでした。
キッチンを汚しての活動で、母は大変だったと思います。

そんな私の幼い頃の夢は「大工」と「コック」

小学2年の作文に「将来の夢はコックさん。お料理を作って盛り付けて、みんなが喜んでくれるのが嬉しい」と書かれていました。

大学受験の失敗と両親への負い目

いつしか夢は変わり、「国際的な仕事に就きたい」と思うようになります。
大学受験では第一志望の国立大学に入れず、早稲田大学の法学部へ進学しました。

この時、全力で応援してくれた両親の期待に応えられずに、金銭的な負担がかかる私立大学に進んだことに後々まで申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

いつも何かにチャレンジしたいというと、嫌な顔せずに背中を押してくれる両親でした。
会社勤務の父の収入で、決して裕福ではなかったはずなのに、お金の心配はせずに暮らしてきました。

そして3人姉妹の中で私が一番金銭的な負担をかけていました。

大学では法律の勉強が正直全然面白くなく、将来何をしたいか定まらないまま時間が過ぎました。
そして在学中に父の体調が悪くなり、後から難病にかかっていることが分かりました。

そのため「一刻も早く経済的に自立したい」「両親には迷惑をかけたくない」と思うようになり、卒業後は外資系の経営コンサルティング会社に就職しました。

外資経営コンサルティング会社での仕事

会社では得意の英語力を生かし、海外チームと協業するプロジェクトに多く参画をします。

仕事は刺激的でやりがいがあり、成長しているという実感が沸きました。
それが仕事のモチベーションにつながっていきました。
外資系のため給料も高く、順調にプロモーションをして20代のうちに年収は1千万円を超えました。

しかし激務で帰宅は遅く、外食やコンビニ食が続き、首や背中に吹き出物がたくさんできました。
またストレス性の蕁麻疹もあり、薬を飲まないとかゆくて夜眠れませんでした。

疲れた身体で狭いワンルームマンションに帰り、寝る前に開くのは華やかな料理やテーブルスタイリング、インテリアの本。

憧れの遠い世界…そんな気持ちで本を眺めていました。

そしてあるショッキングな事件がおきます。

隣人の自殺というショッキングな事件

暗い思い出になりますが、一人暮らしのマンションの隣室に住んでいた同年代の女性が自殺するというショッキングな事件が起こりました。

仕事が終わり夜23時頃マンションに着くと、ブルーシートに包まれた遺体が運ばれてきました。
「えっ、一体何!?これは明らかに人の死体じゃない!?えっ!?」

遺体が運ばれた直後のエレベーターにのり(エレベーターが1台しかないマンションでした)
自分のフロアにいくと、隣室の扉が開け放たれ、警視庁の人たちがせわしなく行き来しています。
「まさか…」
自殺なの?他殺なの?事件なの?
彼女はいつ亡くなったの?
それに気が付かずに私は隣で暮らしていたの?

突然のショックと不安で眠れない夜を過ごしました。

次の日マンションの管理会社に電話をしたところ、隣人は「自殺」との話でした。

私と同年代の人が自ら命をたってしまった…しかも家で。

ブルーシートに包まれた遺体が頭から離れず、ショックと悲しさのあまり、管理会社と電話をしながら涙が止まりませんでした。

さすがにそのマンションには住み続けることはできず、すぐに引越をしたのですが、引越先のワンルームマンションでも心からくつろぐことができなくなってしまいました。

この事件が起きたのが結婚の8カ月前です。

東京で就職し、就職後は両親に一切の金銭的負担をかけずに自立してきた自分に自信をもっていました。
自分の人生は順調だと思っていました。

でも顔を合わせると挨拶をしていた同年代の隣人が家で自殺するような環境って何なの?

「自分にとって家って、暮らしってなんなのだろうか」

それが正直分からなくなってしまった時期でした。

暮らしを変えたい。料理&テーブルスタイリング教室へ

自殺事件から8か月後に結婚をし、別の新しい新居で夫と新生活を始めます。

同時に会社を辞め、個人事業主として業務委託の経営コンサルティングの仕事をしながら、夢を模索するための一歩を踏み出し始めました。

今思い返すと、この頃の私は夫と住む家を「箱/house」ではなく、くつろげる「家/home」にしたいという思いで必死でした。

夢の模索では、まず自分が何をしているときが楽しいのか、それを考えることから始めました。
そして夢中で料理やテーブルスタイリングの本を読み漁っている自分に気が付きました。

「この世界に入りたい」

以前から著書を読み込んでいた憧れの「おもてなし料理&テーブルスタイリングの教室」でアシスタントを急募していることを知り、急いで応募します。

面接では「熱意があります!とにかく頑張ります!飲み込みは早い方です!」と精神論で頑張った記憶があります。
雇ってくださった先生には感謝の気持ちでいっぱいです。

慣れない仕事で初めはトラブル多発でした。

ミキサーの蓋をミキサーにかけて(!?)分解したり(スタジオ中に蓋の破片が飛び散りました)、
先生の大切な食器を割ってしまったり、
醤油のボトルを溶かしたり(!?)、
あげればキリがありません。

常に脇に汗をかきながら、必死に食らいつくように仕事をしていました。

帰宅してからはいつもヘトヘトでしたが、とても楽しかったです。

教室に来てくださる生徒さんが、スタイリングや料理をみて歓声をあげて喜び、笑顔いっぱいで「次回も楽しみにしています」と帰っていく姿が、純粋に嬉しかったのです。

この仕事では料理やスタイリングのスキルはもちろんのこと、段取り力を大いに鍛えることができました。

そして「大企業」という自分を守ってくれるものがない状況で、プロフェッショナルとして自立した起業家として活躍する先生の姿勢からも多くのことを学びました。

アートとの出会い、空間全体のプロデュースをしたい

料理&テーブルスタイリングの仕事をする中で、私の中に
「人をおもてなしするには、テーブルやお皿の上だけではなく、空間全体のプロデュースが絶対に必要だ」
という思いが沸々と湧きあがり、空間全体を形作るインテリアに興味を持つようになります。

同じ頃、夫婦でカリフォルニア旅行に行き、ロサンゼルスのあるインテリアショップに飾られていたアートに一目惚れをしました。
夫婦で相談してそのアートを思い切って購入し、ネットでアートの取り付け方法をみながら自宅のリビングに飾りました。

アートを飾った瞬間に、家が単なる「箱/house」ではなく、「家/home」になったように感じました。


アートの面白さや可能性に気づいたと同時に
「なぜ日本ではアートを飾っている家が少ないのか」
という疑問も同時に湧きあがってきました。


インテリア雑誌や写真をみても、日本の家は圧倒的にアートが少ない。
壁が真っ白な家が多い。

有名建築家や人気インテリアコーディネーターの事例を見ても、アートを飾っている事例が極端に少ないのです。

「こんなに美しくてシンプルで効果的なものを、なぜプロが率先して飾らないのだろう?」

純粋に疑問でした。

「アートを含めた空間全体のプロデュースをしたい」
という思いが私の中で高まります。


なお後から冷静に分析してみると、実家はいつもアートであふれていたことに気がつきました。

リビングには両親の友人の画家が描いた大きな絵が飾られ、和室の床の間には掛け軸と生け花がいつも飾られていました。

アートに囲まれた環境の中で育っていたのに、東京のワンルームマンションに住み、がむしゃらな日々を送ってから、そのことを忘れてしまっていたようです。


その後、業務委託の経営コンサル、料理&テーブル教室、他の仕事と、仕事を複数かけもちしながら同時にインテリアの勉強を始めます。


インテリアコーディネーターの資格をとり、素敵なご縁があってお会いできたインテリアデザイナーと一緒にアートギャラリーの立ち上げに参画します。

個展の企画や画家との交流を通して、より多くの人にアートの素晴らしさを伝えたい、アートのある空間を自らデザインしたいという思いが強くなります。

独立、これから

2018年にインテリアコーディネーターとして独立してからは、個人邸やオフィスのアートコンサルティングやインテリアデザインの仕事を始め今に至ります。

たくさんの素晴らしいお客様、大工・職人、メーカーに出会い、日々とても刺激的です。

家もお客様もライフスタイルも、ひとつとして同じではありませんが、
「アートやインテリアで、暮らしをより良いものできたら…」という願いは共通しています。

お客様の課題をインテリアで解決し、豊かな人生をスタートさせるお手伝いができることが、何よりも楽しくやりがいがあります。

もちろん会社勤めのときには想像していなかった大変なことも多々あります。
自分で会社を経営するのは大変です!
焦りや不安が無いといえば嘘になります。

でもこの仕事が心から好きです。


自分には目標があり、40代、50代に向けて自分の会社や業界をこんな風に変えていきたいという大きな野望もあります。

でも大切にしたいことは、まず目の前のお客様に真摯に向き合い、一つ一つ心を込めて丁寧にプロジェクトを進めていくこと。

小学2年生の作文で書いた

「お料理を作って盛り付けて、みんなが喜んでくれるのが嬉しい」

この純粋な気持ちが、私がこの仕事をしている原点でありモチベーションです。


住まい手を幸せにする家を作りたい。

家が自ら命を絶つ場になるなんて、絶対にあってはなりません。

そんな思いで、今私ができる最大の努力をしながら、一歩ずつ地道に歩んでいきたいと思います。


2021年10月21日 山口恵実

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インテリアコーディネーター山口恵実
Art & Interior Design, Studio del Sol
外資経営コンサルタントからインテリアデザインの世界へ。
アートやインテリアの楽しさと奥深さに気がついてから人生が変わりました。
コーディネート事例の紹介、アートやインテリアの面白さをブログで紹介。
東京都在住。マンションに夫婦2人暮らし

リフォーム・リノベーション、アート&インテリアコーディネートのご相談承ります。
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